歴史とガジェット

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南蛮人はなぜ「南」蛮人なのか?

 

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いしかわ
さとし
こんにちは、いしかわさとしです。 

 

突然ですが皆さんは辛い食べ物ってお好きですか?

 

僕は結構好きだったりして一時期、サウナに入っているがごとく汗を流しながら食べていました。

 

しかしそんな刺激的な激辛ライフを送っていたところ、ある日を境にお尻の穴にダメージが出るようになってきました。

 

こりゃあかんと泣く泣く香辛料控えめの生活を送っております。

 

現代では激辛ブームがあったり個人の趣味嗜好のために香辛料を使用したりしていますが、昔は仕方なしに使っていたんですよ。

 

 

 

 

そう、保存料としての役割があるんですね。

 

しかし中世ヨーロッパの国々は寒くて香辛料の代表、胡椒をつくることができませんでした。そのためインドから輸入して使っていました。

 

この輸入ルートというのがユーラシア大陸とアフリカ大陸の間を通るもので、特定の商人がこの役割を担っていました。

 

当然、中間手数料がかかってきます。

 

これを潔しとしなかったヨーロッパの国々、例えばオランダやスペインなんかはアフリカ大陸沿岸をぐるっとまわってインドに向かう航路を考え、紆余曲折経ながらこれを実現します。

 

さて、インドの胡椒が比較的入手しやすくなったのですが、そのまま今度は東南アジアに向かいます。

 

チョウジと呼ばれる香辛料を手に入れるためです。

 

東南アジアに入ってきたヨーロッパ人。続いて向かうは北、つまりは日本です。

 

香辛料を求めて大航海を続けてきたヨーロッパですが今回求めたのはでした。江戸時代に採掘しすぎて銀山は衰退の一途を辿ったのですが当時はまだ銀の産出量が凄まじかったんですね。

 

「当時」と表現しましたが、当時は何時代だったでしょうか?

 

。。。。。。

 

そう、戦国時代です。つまり武器が必要とされた時期だったんですね。というわけで日本は銃を輸入します。

 

日本にやってきたオランダ人を南蛮人と言いますが、なぜ「南」蛮人というのか、という話はここに由来します。

 

ヨーロッパなんだから西洋人と呼ぶんでねぇの? と疑問に持つかもしれませんが、日本にとっては東南アジアからやってきたから南蛮人と読んだんですねー。

 

というわけで、以上。